2022
12.01

「育児休業法」を振り返って

10月から改正育児休業法がスタートしました。改めて育児休業法全体を振り返ってみます。

細かすぎて手間がかかる

実は海外の人事のスペシャリストからは、日本の育児休業法は細部まで作り込まれ「完成度が高い」という評価をされています。筆者からすれば、箸の上げ下ろしまで法で細かく定めているように思えます。
その結果、会社が良かれと思い法を上回る育児支援策を導入すると、次の法改正の際に制度矛盾が生まれ、改正法と会社独自の育児支援策との調整に煩雑な手間を強いられる例も観察されます。育児休業給付金も、法を上回る会社独自の仕組みは給付金の受給要件から外れ、結果として給付金不支給という事態となることも珍しくありません。
妙な結論なのですが、「特段の事情がない限りは、今後の細かい法改正も想定し会社の育児休業は法令通りの最低限の対応に留めておく」。これがComplianceもクリアし、人事には手間のかからない道という説明を筆者はすることがあります。ここだけの話ですよ。
法は最低限の原則的な定めに留め、法の趣旨に沿って各社が創意工夫を凝らす余地を残すことが望ましいと思っています。しかしながら衆参の厚生労働委員会などの審議を見るにつけ、特に野党の議員の先生方は会社経営者を法律でがんじがらめに縛っておかないと、法の穴を見つけ労働者をいじめ虐待するかのごとき議論をしています。その結果労働法はそれこそ箸の上げ下ろしまで細かく定められることになります。
労働法の番人、労働基準監督署や労働局各部局も、細かい労働法改正、もっともっと細かく複雑な通達を武器に会社を“厳しく”監視します。彼らの活躍の場は法改正を通じてますます広がる、こんな図式も垣間見ることができるようです。
もっとも筆者もこの複雑怪奇で人事ではとても細部までは手が回らない労働法に関する実務上の相談を仕事にしているのですから、同じように恩恵を受けているのかもしれません。

法制度と現場の乖離

日本の育児休業法の成立は1992年、30年前です。1990年の“1.57ショック”による少子化への警戒感の高まりが新法成立の背景の一つといわれています。

注:1.57ショックとは丙午(ひのえうま)を理由に出産を大幅に控えた1966年の出生率1.58を下回る1.57と言う出生率が1990年に記録され、マスコミがこれを報道。少子化傾向への警句として1.57ショックと名付けられました。
注:丙午とは、十二支と10種類の十干からなる合計60種類の46番目の干支のこと。「丙午生まれの女性は気性が激しく夫を不幸にする」という古来の迷信から1966年の丙午生まれの女の子を嫌がり出生率は大幅に低下しました。因みに次の丙午は2026年、もうすぐですね。

育児休業法の国際比較について、2021年のユニセフの調査によればOECD41か国中、日本の育児休業は何と“世界第1位”です。期間が1年間(さらに6か月の休業を2回、合計1年間の延長も)と長く、支給される給付金額も標準を超えているという評価のようです。
“育児休業世界1位”というユニセフ評価と、実際の育児と仕事の両立に苦労している日本国民の現実認識とは、随分とギャップがあるように思えませんか?
保育面からみてみましょう。日本の待機児童数は、2017年2万6,081人をピークとし、18年は1万9,895人、19年1万6,772人、20年1万2,439人、21年には 5,634人と大きく減少しました。減少傾向は行政による保育施設増の貢献もある程度はあるものの、要は少子化、子供の数が減ったことが原因です。21年は、加えて新型コロナウイルスの感染拡大の影響ですあることは間違いないものと思われます。
日本の保育。同じユニセフの調査では保育への参加率で31位、保育の質で22位、保育費の手頃さで26位という低い評価です。これは国民の実感にマッチしていますね。

欧州での取り組み例

ヨーロッパを見ると国別の細かい違いはあるものの、おしなべて1歳未満は育児休業を会社に義務付け、1歳以降にはすべての“子供”は保育を受ける権利があるとして、国が保育体制を整える責任を負います。かかる原則で育児の全体の仕組みが構築されているようです。
イギリスの保育施設には職業訓練機能がついています。就労機会のない親は保育施設で子供を預けている時間を使い職業訓練を受けることができ、これは経済的自立のための就労を促すという考え方です。週3日の就労時は保育施設で、残りの週4日は親が自宅で育児を行う。結果として保育施設も延べ施設利用者数の調整ができるという仕組みです。職業訓練を経て就労機会が実現する過程では同じ保育施設の親同士のコミュニケーションも刺激され、仕事と育児の両立の相互支援も盛んになるとも聞いています。

仕事と育児の両立に向けて

“育児休業世界一”ですが、保育の充実がなくては真の意味での育児と就労の両立は実現できません。世界一の育児休業法を根拠に企業にばかり育児支援を頼られても困りますね。
そういえば、今回の改正育児休業法は、育児休業世界一の日本の唯一の“汚点”といわれた他国と比べ圧倒的に低い男性の育児休業取得率を引き上げようとするものです。具体的には産後パパ育休(出生時育児休業)、出生後8週間以内に4週間という短期のパパ用の育休を新設しました。これで育休世界一の座はますます安泰ですね。
でも、果たしてこれでよいのでしょうか?
今回の育児休業法改正に伴う各社の育児休業規定の改定手続きをみると人事はかなりの負担を強いられたようです。大変な分量の規定の見直しを行いました。
厚労省サンプルの育児休業関連の社内手続き様式は20通りもありますが、特に産後パパ育休(出生時育児休業)の手続き様式は、出生時育児休業中の就業可能日等申出・変更申出書、出生時育児休業中の就業可能日等申出撤回届、出生時育児休業中の就業日等の提示について、出生時育児休業中の就業日等の〔同意・不同意〕書、出生時育児休業中の就業日等撤回届、出生時育児休業中の就業日等通知書と、合計5種類の社内様式を示しています。これだけでも、10月1日に間に合わせるべく各社人事は大変なご苦労をされたことでしょう。
この大変な苦労が、仕事と育児の両立やバランスの取れた育児と保育につながることを祈っています。

以    上

<2023年1月17日一部改訂>

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鈴木雅一(すずきまさかず)

代表取締役・特定社会保険労務士ピー・エム・ピー株式会社
慶應大学経済学部を卒業(専攻は経済政策、恩師はカトカンで有名な加藤寛教授)。三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入社し、人事企画部門他を経験。その後、米国ケミカル銀行(現JPモルガン・チェース銀行)の日本支店の副社長として銀行と証券人事部門を統括。米国マイクロソフト社の日本法人であるマイクロソフト株式会社の人事部門と総務部門の統括責任者を経て、PMPを創業。外国企業と日本企業双方に、グローバルな視点から人事労務のコンサルティング活動を行っている。