04.09
通達と指針 – 指針の独り歩き・・・ –
長年、社会保険労務士として労働法に関連する色々な相談を受けています。そんな時に、頼りになるのは、法律と法律に従った実務対応のための行政通達です。
通達とは
改めて、通達とは何かを調べてみました。
Wikipediaによれば「判例では、“上級行政機関が関係下級行政機関および職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するもの” と定義される」とありました。
お客様からの相談に際して、PMPでは、労働法の細かい解釈の拠り所として、厚生労働大臣が各都道府県労働局長あてに出した “通達” を頻繁に確認します。
例えば労働基準法の場合。通達を読み込むことで、労働基準監督官がその法律の条文の取り締まりに当たって、「特にどのような点に着目するか」とか、「条文に違反するあるいは違反の疑いのあるとは例えばどのような状態であるか」などの情報を収集することができます。
通達とは、行政の具体的な法解釈が下級行政機関に命令されたもので、所轄労働基準監督署などは通達に従って行動します。通達に従って労働基準監督官は企業を取り締まるということになります。その意味で、通達は 、監督行政を念頭に置き、Complianceを人事実務 の観点で考える際に重要な情報となります。
指針とは
それでは指針とは何でしょうか?
行政関係の法令用語辞典によれば、指針とは「ある具体的 な計画を策定し、あるいは対策を実施するなど行政目的を達成しようとす る場合において、準拠すべきよりどころ又は準拠すべき基本的な方向、方法を行政庁が示すこと」とあります。
通達と指針を比較してみましょう
通達と指針。いずれも法律ではありません。法律に対する行政の考え方ですので、通達や指針に違反したとしても、それがそのまま法律違反にはなりません。
とは言え、通達は「上級行政機関が関係下級行政機関および職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発する」ものです。行政は上意下達で動きます。その際の行政官の拠り所が通達です。
企業としては、独自の確固たる信念に基づき「法律は守るが、この通達はわが社では金輪際受け入れられない!!!」と言う極端な拘りを持つような局面以外では、通達に則して実務をこなしていくことが、Compliance 上でも妥当な対応であろうと思います。
労働判例を見ると、裁判官も、頻繁に通達を参照して、通達の文言を引用しこれを自らの判決の根拠の一部とする事も珍しくありません。
それらを考えると通達は企業人事の実務上の拠り所として頼りになると思います。
指針はどうでしょう。掲記の法令用語辞典の定義をもう一度ご参照ください。指針は “準拠すべき拠り所、基本的な方向、方法を示した” ものです。指針にある “方向、方法” 以外の、別の方向、方法であったとしても、もともとの法律に照らして問題ないという事もあり得るはずです。指針の事例が全てではありません。
指針は通達と違い、下級行政機関への “命令” でもありませんから、例えば労働基準監督官が指針にある事例を “勧める” ことはあったとしても(通常、そこまで踏み込んでもきませんが)、行政として指針内容をそのまま企業に改善勧告する とか、指針の具体例への改善の指示をする ようなことはあり得ないはずです。指針は文字通り”指針”であり、指針で示された一から十までの記載内容に無条件で従う事は求められていません。例示と捉え、例示も参考にして企業としての対応の方向、方法を考えるべきものです。各企業が、それぞれの事情を踏まえて法の趣旨に沿う企業なりの独自の方向、方法を示し運用売すれば、指針の具体的な事例に従わずとも問題はないと考えます。指針は通達に比べれば、もう少し”緩い”ものとして扱うべきだと思っています。
指針が独り歩きしていませんか?
4月1日から同一労働同一賃金の実現を狙う改正短時間・有期雇用労働法が、施行を猶予されていた中小企業も含め全面施行となりました。
これまでは同一労働同一賃金は労働契約法に拠っていました。労働契約法では法違反の事案は裁判で解決する以外の手段はありませんでした。
しかしながら改正短時間・有期雇用労働法では裁判以外に、行政対応が可能となりました。簡単に言うと、労働者が行政(各都道府県労働局の雇用環境・均等部(室))に駆け込むことができるようになりました。換言すれば企業のLegal Risk値が高まりました。各企業の同一労働同一賃金への関心、問題意識が高まるのもRisk Managementから言っても至極当然の事です。
同一労働同一賃金については、随分前から東大の水町教授を中心に、内閣府が同一労働同一賃金のガイドラインを発表しています。基本給、昇給、賞与、通勤手当などなど、処遇体系の一つ一つから福利厚生の各項目ごとに、同一労働同一賃金の観点で問題となる事例、問題とならない事例を詳細かつ具体的に解説していました。
短時間・有期雇用労働法が成立後、厚労省から内閣府のガイドラインに若干の微修正を加えたものが、改正短時間・有期雇用労働法施行直後に、厚労省のガイドラインとして正式に発表されました。
多くの企業がこのガイドラインを読み込み自社の処遇体系を見直しています。
その結果…
アルバイト社員にも結婚休暇を与えることにしました。
1年間のシステム開発の特別プロジェクトのために雇い入れた契約社員に、皆勤手当を支給することにしました。
という、?????な対応事例を耳にします。ガイドラインの問題なる事例、問題にならない事例に則して対応しようとした結果です。
PMP の Client の中でも、大手グローバル企業の外国本社の外国人人事部長たちから、なぜこのようなバカバカしい事に、時間をかけて、取締役会で Work Rule を改正まで対応しているのか?その原因が日本の労働法の改正だという報告を日本から受けているが本当か??という素朴な疑問の声が寄せられています。
ガイドラインとは、正確に言い換えると実は指針の事です。
同一労働同一賃金のガイドラインの正式名称は「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に 関する指針」平成30年12月28日発信。そう“指針” なのです。
しかしながら、指針と通達の違いまではあまり考慮せずに、指針で示された具体例が、指針はもともと一つの考え方や方向性を示したものに過ぎないであるにもかかわらず、あたかも指針で示された例示を金科玉条のように考えて自社の規定の見直しているように思えてなりません。
以 上
鈴木雅一(すずきまさかず)
最新記事 by 鈴木雅一(すずきまさかず) (全て見る)
- 更新:『ハマの労務コンサル短信』(月刊 人事マネジメント) 第21回記事をアップしました - 2024年11月5日
- 「育児休業法」を振り返って - 2022年12月1日
- Postコロナの日本人の働き方?? - 2022年11月15日